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2021年5月6日てんの子 5(最終回)

 その時は突然やって来ました。

 

 今年の1月25日の早朝、いつもけたたましく起こしてくれていた てんてんとの声とは違う声に耳を疑いました。

 

 絶叫?いや、悲痛な叫びにも取れる とにかく、毎朝の「もう少し寝かせてくれ」と思えるようなてんてんの声とは違って、私も店長も布団を跳ね除けて飛び起きました。

 

 てんてんの焦点が合っていない。口も半開きでカクカクと震えています。

 

 咄嗟に動かしてはいけない気がして、体動が収まるまで暫く傍観するしかありませんでした。

 

 私も店長も高齢猫のこの症状を以前、見た事があります。間違いなく猫の脳梗塞だと思いました。

 

 脳梗塞だとわかったのにはろりすの経験からだけではありません。

 先週、K先生の所に行って 健康診断に訪れた事もありました。

 

 こう言うと、「高齢の猫を屋外に出したから、脳梗塞になったのではないか?」とおっしゃる方もいると思います。

でも、私はその意見にはどちらかと言えば解離的です。

 

 私にとって、必要な検査だったと今でも思っていますし 健康診断で何の異常もないとわかっていたからこそ脳梗塞だと思えたからです。

 それに、ワクチンや投薬があったのならいざ知らず、血液を抜いただけの検査で まして5日前に病院に行った事で脳梗塞になったと考えるのはこじつけに近い。

てんてんの身体はそこまで弱っていたとは考えにくい。弱っていたとしたら、5日後はあまりに遅すぎると考えるのが妥当かと思います。

 

 何が言いたいかと言いますと、こういう時 オーナーという者はつい、人や医者のせいにしたがります。

でも、私は特に、犬や猫の場合は全て自己責任だと思いたいのです。

 私自身、色々な子を色々な形で見送って来た経験があります。

人のせいにしようと思えばいくらでも出来ます。少しだけ気持ちもラクになります。

でも、亡くなってしまった子は二度と起き上がってくれません。

 他人のせいにして、気持ちが多少ラクになったとしても 悲しみや憎しみが膨らむだけで 愛する我が子は返って来てくれないんです。

それ以上に、せっかく彼らが体を張って教えてくれた大切な学びを見落としてしまいます。

 その学びこそが、残されたオーナーが大切にしていかなくてはならない物だと私は思っています。それがその子に対する供養だと思っています。

 

KIMG4572

ろりすに寄り添うてんてん。

 

 私も店長も、ろりすの三度の脳梗塞による発作の経験がありましたので、てんてんの時もやる気満々で介護する準備をしていましたが、てんてんの方はやる気が全くありませんでした。

 

K先生も「3日が勝負。とにかく口から栄養を摂らせて。」と仰いました。

 

 大きなお皿にまぐろの刺身や絶対にあげたくなかったちゅー○や、しらす、かつお節、ソーセージやカニカマなどなど色々乗せて目が見えていないてんてんの前に置いても鼻を動かす事もありませんでした。

 

 私以上に店長の方が、シリンジで水を運んだり 流動食を運んだり いつも食べていたオソピュア缶を熱湯で練って口に運んだりして介護をしてくれました。

 

三年前の状態とは明らかな違い。それは、【目】でした。

とても辛そうな… 多分、私たちオーナーにしか、とうちゃんとかあちゃんにしかわからない光が見えない目でした。

 

 

30日、脳梗塞の発作が再び始まったてんてんは、とても苦しそうでした。

あー!あー!と言ったかと思うとふらふらと傾いた状態で歩き、そのまま壁にもたれた形で倒れました。

 

 このままてんてんがしんどいのがかわいそうで…かわいそうで…

 

「でも、どうしてあげる事も出来ない。自分で逝って…お願い…」と何度も何度も言いました。

 

高齢の子は食道、器官が痩せて細くなるので、息をする時に引っ付いてしまって上手く酸素を吸う事が出来ない為、口の周りをガーゼで濡らしてあげる事しか出来ません。

 

なるべく自分で息をして、なるべくラクになって欲しかった。こんな事しかできないかあちゃんでごめんね

 

最後の最期のオーナーとしての仕事。それは、旅立つ我が子が安心して 息を引き取るお手伝いをする事だけです。

 

「ありがとう、てんてん。ありがとうね。あなたと居られて幸せやったよ、楽しかったよ!いっぱいいっぱいありがとうね!」

 

KIMG2747

三年前のてんてんが辛かった時期。後ろのろりすは脳梗塞で目が見えていなかったのに支えになってくれていました。

 

 

 長かった体動も呼吸もなくなりました。

てんの心臓に耳を当て、脈も捜しましたが鼓膜を震わす事も、指先に触れる事もありません。

 

K先生、とうちゃんの努力の甲斐も虚しく5日後の1月30日午前8時27分。てんてんは帰光(魂が返るべき所へ帰る事だそうです)しました。

 

 動かなくなったてんてんのまだ温かな懐に顔を埋め、私は泣きました。

 

その時、ずっとそばで一緒に看取ってくれたとうちゃんが、てんてんのまだ柔らかな前脚を持って、私の頭を撫でてくれました。

 

「かあちゃん、またね」

 

とうちゃんにはてんてんがそう言ったように思えたんだと思います。

 

普段、そんな事を言いそうにないとうちゃんなので 尚更、その言葉がてんからの贈り物だったんだと思います。

 

 

 

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