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2021年4月23日てんの子 4

 てんてんの晩年はとても穏やかでした。

いや、てんてんの精神的な部分は穏やかでしたが 一緒に生活している私たちにとっては、あまり穏やかではなかったのかも知れませんが(笑)

 

 可耶を見送った後、マオが正式にうちの猫チームのリーダーに就任した時も てんてんは何一つ不満を言わずに マオに従ってくれました。

 

 マオがこの世から去る時も、付き添う ろりすを背に、 てんてんは、その日を静かに私たち残された者たちと一緒に過ごしてくれました。

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 ろりすが亡くなる時も その息が止まる時まで、ろりすの傍でずっと静かに寄り添ってくれました。

ろりすの傍で…というよりは私の傍に寄り添ってくれていたのかも知れません。

 

 とめどなく流れる涙をてんてんは穏やかな目でじっと見つめてくれます。

「なぜかあちゃんは泣いてるの?」なんて無粋な事は思っていない目です。

「かあちゃん、いつでも僕らは傍にいるよ。かあちゃんさえ 僕たちの事を思っていたらきっとずっと繋がっているよ。」

 

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 てんてんたちの気持ちはこの何十年の月日 いつもお互いを思い合っているからこそ 言葉はなくても手に取るようにわかります。

勘違いする事もありますが、たいがいは誰よりもわかっている。

きっと、てんてんたちの事はアニマルコミュニケーターの睦さんよりもわかっていると思っています。

これを睦さんがもし、読んでくれたとすると きっと「YES」と答えてくれると思います。

 

 私にとって、この子たちとの繋がりは運命だと思っているからです。

 

 彼自身、3年前の秋、突然食べなくなり、主治医に聞いても原因がわからず、考えられる事を一つ一つ消して行く消去法で考えて行く時がありました。

 

 食べない事で日に日に体力が落ちて行く。生きる気力も失われて行く。

 生き物が食べる事を拒否した時、それは「死」をイメージします。

 犬と違って猫は小動物を単独で狩り、少しずつ食べる生き物なので、拒食も3日が限度。私も店長も少しでも、どんな物でも食べてくれる物がないか?と捜します。

 

 でも、てんてん自身が自ら咀嚼(そしゃく)して嚥下(えんげ)しないと意味がない。誤嚥(ごえん)して肺炎になっていまうかも知れないからです。

 

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 「てんてんとの生活をもう、諦めないといけないんかな?」と、うつろな目のてんてんに聞いた日もありました。

 

 そんなある日、よたよたと歩いているてんてんの後ろ姿に違和感を感じて店長に聞いてみました。

 

「てん、右側に傾いてない?」

店長

「そう言われてみれば…。今度、先生に聞いてみよ。」

 

 うちの主治医のK先生は、患畜のオーナーの話を聴いてくれる とても温かい先生です。気難しい所もありますが、柔軟な考え方で欧米の獣医学を重視しておられます。

 

K先生

「今、私も風邪を引いて、内耳炎になり食欲もなくて、身体もだるい。」

 

 …そんな時に、矢のような電話をして わざわざ私たち患畜のオーナーの為に出勤して来て下さったK先生には今でも感謝しています。

 

「見た目はきれいでも、耳の奥に何かあったら頭が傾いたり、食欲がなくなる事はありますか?」

 

K先生

「ある!」

 

 思いついたように、K先生は看護師さんに指示を出し、内視鏡とモニターの準備をされます。

嫌がるてんてんを私が補ていし、鼓膜近くまでカメラを入れて モニターを除くK先生と私と店長。

 

 …ある。ありました!鼓膜が見えなくなる程のでっかいナニかが…!

 

オーナーさんによってどうゆう判断をするか?それぞれだと思い、何が正解かはわかりませんが 私はこれがナニか?わかったところで19歳のてんてんに、頭を開いて取り除くようなオペをさせる事には反対です。

 

 それよりも、今てんてんがしんどいのであれば、それを取り除いてくれる事やごはんが美味しく食べられる方を優先順位の一番にしたかったのです。

 

K先生

「この耳の奥の物が何かわからないけど、かなりきつめの薬を投与したい。でも、もしかしたらその薬で今の体力のないてんちゃんは亡くなるかも知れない。」

 

「どっちみち、今の食べない状況が続くとてんは一ヶ月も持たない。だったら先生の見解に掛けたいです。」

 

 先生も私も店長も、みんなが掛けでした。

先生は、ちゃんとした検査をしていない状態で、内視鏡で見た物がこれまでの経験と勘で腫瘍と思っておられたはずです。その腫瘍を少しでも小さくしたくて…てんてんを少しでも楽にさせてあげたくての掛け。

私と店長は、これまで妥協をせずにてんてんの生活やコミュニケーション、身体を作って来た事への勘や自信への掛け。

 

 毎日一時間おきにフードや食べる物、缶詰や白湯をシリンジで口に運びました。フードに至っては少し柔らかくした物や硬いままを一粒一粒を口に運び、食べてくれると店長も私も飛び上がる勢いで喜びました。

 夜中も少しでも食べそうだったら起きて、枕元に来てか細く「にゃぁ」とないてくれると食べる物を与えました。

ぐっすり眠っている所を起こしても、なかなか食べなかったので 起きてトイレに行った後や、ないて私たちを起しに来てくれると食べる物を2~3種類持って行き 食べさせました。

 すっかり私たちも寝不足が板に付いた頃、てんてんは器からフードを食べるようになりました。K先生や私たちは、どうやら掛けに勝ったようで、てんてんはみるみる生きる気力を取り戻して普通に歩き、時にはニャイと走ったり、階段も真っすぐに歩いて上り降りが出来るまで回復しました。食べなくなってから2ヶ月が経過していました。

 

 結局、耳の奥にあったナニか?…未だに何物なのかわかりません。確定診断もお願いしていないですし、血管が走っていた事や色や出来たスピード、影響力の大きさやK先生による診断と治療などで、新生物だったのではないか?と曖昧な感じでお茶をにごしている感じです。

 

 でも、そのナニかは4ヶ月後には…無くなっていたんです。

これにはK医師はもちろん、店長も私も「?」てんてんを挟んでモニターであっちじゃないこっちじゃないと内視鏡で捜しても見つける事ができませんでした。

 

 癌に対して「根治」はないです。

 

 うちのお客様でも リンパ腫癌が見つかり抗がん剤を10ケ月間投与し続け、その後同じくK医師により「寛解」宣言があった伝説の子もいます。

 

 てんてんも確定診断を行っていなかったので、寛解も根治も何もないですが それでもてんてんはその生命力と運とで「乗り切った」と。「てんは頑張って出来物を無くした」と診断結果を出したいです。

 

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 ……と同時に、夜中 私たちを起す癖も付きました……。

私と店長は毎晩、老猫の夜行性徘徊に付き合わされる羽目に苛まれました(笑)

 

➡次回につづく

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